読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

yamamotosinyaの日記

仕事を離れて、ライフスライスな記憶として………

バカッターがまたやらかした、への対応

アイスのケースに入ってみたり、食材を咥えてみたり、ツイッターなどのSNSでバカな行為を発信してしまう、いわゆる「バカッターがまたやらかした」な事象に対してのスタンスについて、ツラツラと考えてみて、ひとつの結論。

 

その行為や人物を『許す、許さない』は各個人の倫理観であったり、こうむった被害によって変わってくるでしょうから、そこは個人の自由といえるでしょう。

 

しかしながら、『許しがたい』行為に対して、私刑を行なうのは法治国家としては不適切。仮に、批判するにしても同等の行為によって受ける刑事罰以上の罰を与えるようでは、私刑によって罰を与えたクラスタが、今度は罪を犯していることになりませんか?

 

冷蔵庫に入った行為をツイッターで公開したひとが受けた罰(私刑)が、赤の他人を殴って怪我をさせた暴行罪に対する罰(こちらは法治国家としての罰)よりも人生に対する影響が大きかったりするのは、いくらなんでもオカシクないですか? ということ。

 

そもそも私刑という行為自体が法治国家としては許されざる行為。「あの行為は許しがたい」と批判するまでにしておくのが、バカッターがまたやらかしたへの反応としては限界だと思う今日このごろでありました。