yamamotosinyaの日記

仕事を離れて、ライフスライスな記憶として………

「若者の○○離れ」を強調しているのは元・若者かも?

 

 

などとツイートしたのは、若者のクルマ離れ、若者のテレビ離れ、若者の新聞離れ、若者のカブ離れ、若者の恋愛離れ……などなど様々な「若者の○○離れ」をメディアがあおったりしていますが、その反応に違いがあるような気がしたため。

 

もともと「○○離れ」という言葉が生まれるということは、前提条件として以前は「○○」に親しんでいたり、好きでいることが多数派だったという認識があるからだと思うわけです。

 

もちろん、多数派でありますから、実際の比率は別として、「○○が嫌い」という少数派も存在しているわけです。そうしたクラスタは、周囲から「若いのに○○が嫌いなんて」とネガティブな声をかけられているイヤな思いをしていることもあるのでしょう。

 

たとえば「新聞を読まないなんてダメだ」、「テレビを見ないなんてオカシイ」、「クルマが嫌いなんてありえない」、「恋愛したくないとかいって、本当は異性が気になって仕方ないんでしょう」といった具合に。

 

だから、いざ世のトレンドとして「○○離れ」が進んでいるとなると、自分の生き様は正しかった、先を行っていた、いまや多数派だ、といきり立って、その正当性を主張し始めるのではないかと、仮説が思い浮かんだ次第。

 

ですから、「若者の○○離れ」について熱弁をふるっているのは、意外にいまの若者ではなく、少数派として虐げられたと感じている元・若者なのかもしれないとも思ってしまうわけです。

 

なぜ、こんなことを考えたのかといえば、『若者のカブ離れ』というフレーズを目にしたから。もともと若者で株式投資などをしている人は少数派でしょうから離れという言葉を使うのは違和感あり。

 

そこで、多数派に対する少数派の逆襲(それぞれに元がつくかもしれませんが)という側面もあるのではないかと想像してみたわけですが、いかが?

 

 

 

 

 

 

 

【追記的一言】

「若者のクルマ離れ」については、まさに関連している業界で長年飯を食っているのですが、バブル真っ盛りに大学生をやっていた自分の周りでもマイカーを所有している大学生などは少数派でした(自分は幸いその少数派でしたが・汗)。クルマが欲しいという感情の強さに違いはあれど、もともと若者(大学生)が自分のクルマを乗り回すなんていうのは架空の話だったのだろうな、と思ったりもするわけです。もちろん、クルマに対する優先順位に変化あるのは肌で感じる部分でもありますが、その一方で地域によってはまったく変化を感じないこともあり、都市部で強く見られる傾向なのかな、とも思う昨今であります。