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yamamotosinyaの日記

仕事を離れて、ライフスライスな記憶として………

マナーについて~多数派の快適を生むもの?

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ルールというのは、円滑にシステムなりを動かす目的で、お互いのために存在しているという見方もできましょうが、マナーというのは円滑な社会を目指しているという点ではルールと似ていても、お互いのためではなく、誰かが我慢するという点でちと違う印象も。
 
たとえば路上喫煙。
 
臭いや副流煙、ポイ捨てといった非喫煙者が我慢していた要素を排するために路上喫煙禁止になっているわけですが、それでウィンウィンかといえば、さにあらず。喫煙したいひとにとっては不便になっているわけです。
 
路上喫煙を認めれば非喫煙者が我慢、逆に禁止すると喫煙者が我慢という風に、どちらかのクラスタが我慢することで円滑な日常を生み出そうというのがマナーという見方もできそう。
 
だとすれば、マナーというのは多数決によるもので、多くが我慢せずに済む行為がその時代にあったマナーなのかも。すなわち、マナーというのは時々で変わることが自然であって、必ずしも絶対的で普遍的なものではないのかもしれません。
 
 
などと、人生の途中(後半?)においてマナーが大きく変わったことに対応するのが難しそうなクラスタを目にすると思うのでありました。 
 
そんなこんなをUstreamにて。 


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